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文房具に興味ゼロ、最年少店長の重圧で一度は退職。

それでも「やっぱりこの会社が好き」と
戻ってきた、新卒第1号マネージャーの軌跡。

2018年入社  

漆原 妃沙子
うるしばら ひさこ/Hisako Urushibara

株式会社ハイノート/運営本部

「文房具には全く興味がありませんでした」

── 漆原さんは入社14~15年目になりますね。少し昔のことを思い出していただきたいのですが、そもそもどうしてうちの会社を受けようと思ったのですか?

実は私、就職活動のギリギリまで次の進路が決まっていなかったんです(笑)。ちょうどアサヒ商会から内定をいただいたのと同じタイミングで、他に受けていたスポーツジムからも合格をいただいていて、どこにしようか迷っていました。

── スポーツジムと迷っていたのですね。その中から、最終的にうちを選んだ決め手は何だったのですか?

学生時代からファーストフード店でずっと接客のアルバイトをしていたので、まず接客業がやりたかったんです。あとは「土日関係なく働けること」と、かといって「夜遅すぎる仕事は嫌だな」という条件がありました。学校の職業紹介所みたいなところで求人を見せてもらったとき、当時のハイノートは夜7時までの営業で、朝も9時半スタートと比較的早めの時間帯だったので、そこが自分に合うなと思いました。

── 終わる時間が夜遅くならないのは、大事なポイントですよね。

そうなんです。スポーツジムは夜が遅かったですし、関われるお客様も女性限定のジムだったので少し限定されるかなと思って。せっかくなら色んな人と関われるハイノートの方が面白そうだなと思いました。最終的には、親に相談したときに「会社の歴史とかを考えたら、アサヒ商会の方がいいんじゃない」と言ってもらえたのが、大きな後押しになりましたね。

── では、入社したときは「この会社で文房具を極めるぞ!」みたいな気持ちだったのですか?

いや、全くないです! そもそも文房具に興味がなかったので(笑)。だから、一緒に入社した同期のメンバーがみんな文房具好きで盛り上がっているのを見て、「私、なんで入っちゃったんだろう、どうしよう……」って最初は焦っていました。お店で「店長になってやる!」みたいな野心も、入社当時は全然持っていなかったですね。

── 興味ゼロからのスタートだったのですね(笑)。入社してみて、ギャップなどはありましたか?

私は高校が高崎市内だったので、昔のハイノートになる前のアサヒ商会の店舗に来たことがあったんです。だから入社したときは「思ったよりお店がおしゃれだな」って感じたくらいで、そこまで強い会社へのイメージを持っていなかったので、悪いギャップはありませんでした。何より、働いている「人」がすごく良くて、みんなおしゃべりで温かい雰囲気の会社だなと感じました。

最年少店長の重圧、ストレス、そして突然の退職

── 漆原さんは新卒第1号で入社されて、色々な壁にぶつかりながら進んできたと思います。20代半ばで店長にも抜擢されましたよね。

そうですね。25歳くらいのときに、当時の最年少店長としてお店を任せていただきました 。でも、当時はまだ今みたいに会社としての店長教育の仕組みが全くなかったので、とにかく「とりあえずやってみろ」という感じで送り出されて。アルバイトやパートさんから言われる言葉とか、店舗をまとめるストレスや重圧が、自分の中にどんどん溜まっていってしまったんです。

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── 当時はまだ店舗数も少なくて、周りのサポート体制も今ほど整っていませんでしたからね。

はい。ちょうどその時期に、体調も崩してしまって。心も体も「もうこれ以上は続けられないかもしれない」と限界を迎えてしまいました。そのとき社長が「時短勤務でもいいですよ」とか「他の部署に異動しますか?」と気を使って声をかけてくださったんですけど、当時の私はそれすらもプラスに捉えることができなくて……。結局、入社5年目くらいのときに一度、会社を辞めました。

── 完全に心がシャットダウンしてしまっていたのですね。そこから、どうしてまた「戻ってこよう」と思えたのですか?

会社を辞めたあと、私はまた学生時代にやっていたファーストフード店のバイトに戻ったんです。そこでそのまま社員として働く道もあったんですけど、不思議と「この先もファーストフード店でずっとやっていこう」とはどうしても思えなくて。離れてみてハッと気づいたのが、私はハイノートで店長として怒涛のように働いていた5年間が、辛かったけれどものすごく充実していたんだな、ということでした。

── 一度離れたからこそ、あの時間の密度の濃さに気づいたと。

はい。それに、やっぱりアサヒ商会の「人」がすごく好きだったんだと思います。5年間働いているうちに、興味のなかった文房具のことも多少は好きになっていましたし(笑)、もう一回ここでチャレンジしてみたいと思って、戻らせていただきました。

前例がないなら作ればいい。時短勤務第1号としての意地

── カムバックしてからは、ご結婚と出産も経験されましたよね。当時はまだ社内に「育児をしながら働く女性の時短制度」の前例がなかったそうですが、どうされたのですか?

そうなんです、前例が全くありませんでした 。だから会社に相談して、私が第1号として「時短勤務」の働き方を作ってもらう形になりました。従業員のライフステージの変化に合わせて、会社側も一緒に柔軟に制度を作って成長してくれたのは、すごくありがたかったですね。

── 漆原さんという事例があったからこそ、今の中途のメンバーも安心して働ける仕組みができました。子育てをしながらの仕事は、やはり大変ですか?

実は私、あまり後輩たちの見本にしてほしくないタイプの働き方をしてきたんです(笑)。長女が生まれたときは産後3ヶ月で仕事に復帰しちゃいましたし、次女のときも1歳くらいでフルタイムに戻しました。

── ものすごいスピード復帰だったよね!

どちらかというと、私はずっと家にいるよりも仕事をしていたいタイプで、子育てだけに専念するのは少し向いていなかったんだと思います(笑)。でも、早くにフルタイムに戻したことで、かえって自分の家事スキルはめちゃくちゃ上がりました。料理を冷凍ストックしたり、掃除をいかに効率的に終わらせるかを考えたり、旦那さんともしっかり連携を取るようになったり。夫婦お互いにフルタイムだからこそ、家族もすごく協力的になりましたね。

── 限られた時間の中で家庭を回すために、仕事と同じように「効率」を突き詰めていったのですね。

そうですね。子どもを保育園にお迎えに行く時間があるので、絶対にダラダラ残業はできないですし、いかに時間内に仕事を効率よく終わらせるか、というのは常に重要視して動いています。

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自分が辛い思いをしたからこそ、今の店長たちを全力で守りたい

── 現在は「運営本部マネージャー」というポジションですが、具体的にはどんなお仕事をされているのですか?

一言で言うと「店舗の総務的な役割」をしています。全店舗のスタッフの勤怠管理やシフトの調整、社員やパートナーさんとの個別面談、それから名入れ鉛筆やランドセルの担当、イベントの運営、オンラインショップの発送業務など、売り場以外の本部の仕事をマルチに色々とやっています。

── 本当に多岐にわたる、ハイノートの屋台骨のようなポジションですね。

自分が過去に現場で苦しみながらも店長をやってきた経験があるからこそ、今の本部の仕事ができているなと感じます。現場のみんながどんなことで悩み、どんなフォローを求めているのかが実体験として分かるので、現場での下積み経験は今にめちゃくちゃ活かされていますね。

── 自分が20代のときに店長として孤独や重圧を感じたからこそ、今の現場の店長たちには同じような辛い思いをさせたくない、という気持ちもあるのでしょうか。

それはすごくありますね。現場の店長たちが少しでも前を向いて、安心してお店を引っ張っていけるように、本部の立場から全力でサポートしていきたいと思っています。うちの会社は、お互いの家族の近況まで何でも言い合えるような、人生を長く一緒に歩んでいける温かいコミュニティです。やりたいことが最初から固まっていなくても、ぶつかりながら一緒に成長していける環境なので、ぜひ安心して飛び込んできてほしいです。

── 漆原さんが後ろで支えてくれている安心感は、現場にとって本当に大きいと思います。これからもよろしくお願いします。ありがとうございました!

ありがとうございました !

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ある一日の流れ

私らしさ

休日の過ごし方

シフトであることを活かして使い分けをしてます

平日休みの場合:友達とランチしたり、ショッピングしたり、自分の時間

休日休みの場合:家族の時間。子供と全力で遊んで寂しい思いをさせないように!

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